エロティック

相棒と付き合いはじめる前から、そして、一緒に生活するようになってからも、
時々、ケツが真っ赤になってミミズ腫れができるまで相棒に尻を叩かれたり、
反対に、相棒が「痛気持ち良い程度」に尻を叩いたりする。

俺はラブラブなスパンキングも大好物だから、
もちろん、それはセクシャルな事の延長だったりするわけだけど、
ブログやSNSをはじめとしたスパ活動(笑)を再開するにあたって、
自分の中で「ラブラブなスパは相棒とだけやる」という線引きをした。

どう違うんだと言われると、結局は同じ事なのかもしれないが、
「君が望んでいるなら」と許してくれた相棒の寛容さに対しての、
俺なりの筋の通し方なのかもしれない。
スパに関しては、それまでずっと中途半端なプレイをしてきて、
時々、満足する事もあったけど、だいたいはガッカリしていた。

今、それは何故だったんだろうと考えてみると、
毎晩布団の中で眠りにつくまで「その事」を想像するくらい求めていたくせに、
一方では自分自身のその部分を強く否定して、
心を閉ざしていた事も、その原因の一つなのだと思う。

中学生の頃、俺はかなり屈折した少年だったと思う。
教室に一人残されて、担任の教師から延々説教をされて泣いた。

帰り際に「お前は一人じゃないんだぞ」と言われたけど、
「あんたは嘘つきだ」と思った。

卒業して、後輩の運動会を見に行った時、
その担任が話しかけてくれたのに無視してしまった。

自分で言うのもなんだが、俺はおとなしくて真面目だったから、
罰を受けるような経験はあまりないが、なぜかよく説教をされた。

高校の担任は当時27、8の独身の色男で、
しょっちゅう俺を居残りさせて誰もいない教室で二人きり、
長いときには2時間くらい話をしていたから、
「担任は薔薇でお前は狙われてるんじゃない」なんて
クラスのやつに冗談を言われたりすることもあった。

居残りをさせられたのは、別に俺がなにかやらかしたからではなくて、
高校卒業後の進路や、学校での活動に関する話だったのだけど、
素直に聞くふりをしつつ内心「早く帰りたいなあ」なんて思っていた。

質問をされても、上の空でなんとなく返事をしていたから、
「もっとちゃんと考えろ」と何度も言われた。

真剣に叱ってくれたり、
親身になってアドバイスをしてくれた人たちがいたことは、
当時はおせっかいだと思ったり反発したりしたけど、
後になってみると、それがどんなにありがたい事だったかがわかる。

そういう気持ちになるのが、
俺のフェチと関係があるのかどうかはよくわからないけど。

最近の子供は、ちょっと強く叱られたり、叩かれたりすると
すぐに親がヒステリックに学校を訴えたりするから、
大人になった時に、いったいどうなるのだろうか?と
考えてしまったりもする。

「挨拶の仕方を教えてください」と教師に頼むような親って
いったいなんのためにいるんだろうな・・・?と。

まあ、こういうブログでそんなことを真剣に語っても
まったく説得力がないからやめとくけど(笑)

いまはブログやSNSを作った事によって、同好の趣味を持つ人たちと
思う存分、好きな事を語れるのが楽しくて仕方がない。

自分が中学生の頃の担任と同じような歳になって、
やっとあの言葉の意味がわかったような気がした。
「一人じゃないんだ」と思える事ってやっぱり大事なんじゃないか、と。

自分も同じ立場だったらきっと同じ事を言ったのかもしれない。

担任にあの日の事を謝りたい。
そして、膝の上に乗せられて
尻を思い切り叩いてお仕置きをして欲しい(笑)
・・・そんなこんなどんな、で今日は相棒が仕事で家におらず、
一人きりでなんとなく寂しくなってしまい、
ちょっとウェットな日曜夜の変態なのだった。


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