思うことについて

色々と真面目に考えてしまう変態です(-_-メ)

「考える」ことなんて全て意味があるといえば意味がある、
だけど、無駄といえば全部、無駄ではあります。

こんばんは。

他人が尻を叩かれているのを見て、フル勃起したのはその時が初めてだったと思います。(男子限定でした)いまでは考えられないことですが、担任の先生(確か30代前半)で身長185cmくらいの大男が小学5、6年のクラスメイトを膝の上に載せ、5~30回ほど平手で尻叩きをしていたからです。

理由としては、些細な事。
授業中に騒いだり、いたずらをしたり・・・

多い時には黒板の前に10人くらいの列ができ、尻叩きのお仕置きが終わると
「うわぁあ、ケツがヒリヒリする~」なんて言いながら自分の席に戻っていく
そんな無邪気な光景を目にしながら、俺はフル勃起したちんこを誰かに悟られないように、
机のしたでちんこを抑えながら、静かに静かにしていたのでした。

本当は、「あっけらかん」としたクラスメイトたちのように、先生の膝の上に載せられてお尻を叩かれたいという欲求はありましたが、そんなことになったら、カチンコチンになったちんこを先生の膝に乗せることになってしまう、というのが怖くて、一度もその先生に尻を叩かれることはありませんでした。

俺は社会人(?)になってからほぼ365日働いていて、このままではぶっ壊れると思い、
20代中ごろくらいから、夏から秋にかけて2週間の休暇をとり、旅行することにしていました。

その旅先で出会ったゲイの人たちに、「俺は尻を叩いたり叩かれたりするのが好きだ」と言うと、
たいていは面白がって、尻を叩いたり叩かれたりというプレイを受け入れてくれました。
なかにはホテルの部屋のハンガーで延々片方の尻だけを叩くので、
ひどい青あざになってしまったこともありましたが・・・

性というのは人間が根本的に抱えているかなり重要な根元の部分で、
性癖というのは、変えられない。
たぶん、ゲイでもノンケでも、独身でも結婚していても。

もちろん、犯罪になるような行為については別です。
倫理ではなく、法治国家においては、そのルールを犯す事が
許されないからです。(長くなるのでやめておきます)

 

何が言いたいかというと、自分が本当に欲しいと思うものは、
自分自身で動かない限り、絶対に手に入らないという事です。

明日、もし死んだとして、自分の性欲を満たせないまま、
後悔を残した人生って幸せだったといえるんでしょうか?

 

こういうブログとかをやっていると、国内・国外から、
実際にプレイしたいとか、モデルを派遣してほしいなど、
色々な方からメールやメッセージを頂くことが多いです。

大変喜ばしいことではあるのですが、その全員のリクエストに答えることは、
俺にはできないのです。精神的にも物理的にも限界というものがあるので。

それなので、クローズドなSNSを作って、匿名掲示板のように即物的ではなく、
緩やかに交流するなかで、一緒に遊ぶ相手を見つけられる場所を作りたいと思い
SNSを始めたという経緯があります。

そのおかげで俺自身も、大事なスパ友ができました。

「居づらい」と感じる方もいるのは、退会理由で存じ上げておりますが、
俺はその「居づらい」に関しては何もすることができません。

不完全ながら、どなたにでも「場」は提供していますので、
その先、一歩踏み出すかどうかは自分次第という事を
すこし考えてみて頂けないかというお願いでございます。

 

・・・という真面目なお話でした!

↑生尻に卓球のラケットは、音が大きいので、それなりの防音設備の整った場所が必要なのが
ネックだぜーーーー!!!!


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